2013年実施コースご紹介

◆2013年12月3日 横浜三塔ラッキースポット物語

★横浜三塔を同時に望むラッキースポットを訪ねて、横浜港を散歩しました。

ランドマークタワー
ランドマークタワー

桜木町駅からラッキースポットを探す旅が始まります。今日は暖かい陽射しに恵まれました。ランドマークタワーを左手に見上げて、さあ出発です。良い予感がします。

汽車道
汽車道

その昔、桜木町から赤レンガ倉庫まで汽車が走っていました。この辺りは造船所の跡地です。汽車の線路を辿って横浜港駅プラットホームへ向かいます。

横浜港駅跡
横浜港駅跡

横浜港から生糸や、観光客を乗せた大型船が出航していました。北米航路や欧州航路のターミナルとして大いに賑わったそうです。汽車で横浜港駅に着いた人たちは大型船に乗り換え、海外を目指しました。傍には税関事務所の遺構が保存されています。

赤レンガ倉庫
赤レンガ倉庫

赤レンガ倉庫は横浜港から輸出される生糸などの保税倉庫として建設されました。今はおしゃれなレストランやショップが店を構えています。週末には若いカップルや家族連れで一杯です。

ラッキースポットその①
ラッキースポットその①

赤レンガ倉庫の奥にラッキースポットがありました。右手にクイーン(横浜税関の塔)、真ん中にジャック(横浜開港記念会館の塔)、そして左手にキング(神奈川県庁の塔)が見えます。いつの頃からかこの三塔を同時に眺められる場所がラッキースポット、幸運を呼ぶ場所として評判になりました。

ジャック(開港記念会館)
ジャック(開港記念会館)

横浜開港記念会館は1917年(大正6年)に竣工しますが、1923年(大正12年)の関東大震災で館内が全焼します。しかし外壁は残り1927年(昭和2年)に再建されました。美術家の岡倉天心はこの地で1862年に誕生し、日本美術の発展に貢献しました。

クイーン(横浜税関)
クイーン(横浜税関)

クイーンの塔(横浜税関)は1934年(昭和9年)に建設され、三塔の中でも一番高い建物です。イスラム寺院のような緑のドームはみなと横浜に相応しい異国情緒を醸しています。

キング(県庁)
キング(県庁)

1928年(昭和9年)に建設された神奈川県庁(キング)は4代目の県庁舎で、小尾嘉郎の設計によるものです。その建築様式は帝冠様式と称され五重の塔をイメージしています。この地点が右手にクイーン、左手にジャックが望める2番目のラッキースポットです。

第3のラッキースポット
第3のラッキースポット

第3のラッキースポットは大桟橋にあります。1894年(明治27年)に完成した、長さ730メートルの鉄製桟橋が前身です。この年の3月に「土佐丸」が初めて欧州へ就航しました。

安全と健康を祈願
安全と健康を祈願

大桟橋のフェンスに南京錠をかけ、一行の安全と健康をお祈りしました。他にもたくさんの南京錠が掛けられています。

開港資料館
開港資料館

横浜開港資料館は元イギリス領事館があった建物です。現在は開港時からの横浜の歴史に関わる人物や出来事などの史料を収集、展示しています。この中庭にある玉楠の木(タブの木)はペリーと日米和親条約を締結した1854年(嘉永7年)から横浜の歴史を見つめてきました。

レストラン スカンジア
レストラン スカンジア

北欧家庭料理で有名なレストラン、スカンジア。ここでランチを食べて今日の散策は終了です。きっと参加された皆さまに幸運が訪れることでしょう!

◆2013年11月5日 開港の道・横浜道を訪ねて

★快晴に恵まれた秋の一日、開港の道・横浜道を歩きました。

桜木町駅から出発
桜木町駅から出発

1859年(安政6年)、江戸幕府は横浜開港のため、東海道筋と横浜村を結ぶ道を3ヶ月の突貫工事で造りました。その道を今日は辿ります。秋晴れの下、気持ちよく歩けそうです。

日本ガス事業発祥の地
日本ガス事業発祥の地

まず最初に向かったのは桜木町駅のそばにある日本のガス事業発祥の地です。高島嘉衛門らによって、1872年(明治5年)日本最初の「ガスによる街路灯」が大江橋から馬車道、本町通りにかけて灯りました。このライトアップにさぞかし当時の人々は驚いたことでしょう。

神奈川奉行所跡碑
神奈川奉行所跡碑

神奈川奉行所は開港直後の1859年(安政6年)6月4日に開設されました。開港の準備に当たってきた外国奉行全員が輪番で行政事務を執った場所です。有島武郎の小説にも出てくる紅葉坂の中ほどに神奈川奉行所跡の碑が建っています。

井伊直弼銅像
井伊直弼銅像

井伊直弼像が建つ掃部山公園に来ました。明治42年に旧彦根藩有志が横浜開港に尽力した井伊掃部頭直弼を記念して建立しました。姿は「正四位上左近衛権中将」の正装をしています。高さは約3.6m、台座は明治の名建築家、妻木頼廣(つまきよりなか)の設計です。公園内にある庭園は工事中のため見られませんでした。

横浜能楽堂
横浜能楽堂

同じ掃部山公園内にある能楽堂です。旧加賀藩主前田斉泰の隠居所に建てられたもので、戦後は東京染井の能舞台として、能楽復興の拠点となった歴史的に貴重なものです。

伊勢山皇大神宮
伊勢山皇大神宮

通称「関東のお伊勢様」と親しまれお正月には参拝客が絶えません。桜の名所でもあります。新興横浜の総鎮守として、国家を鎮護してきました。訪ねた当日は七五三詣りの数組の親子がお祓いを受けていました。

野毛の切り通し
野毛の切り通し

横浜道最大の難所です。石崎橋から野毛橋までの野道を切り広げて完成しました。当時の浮世絵には、険しい切り通しを抜け、初めて開港場を見た旅人たちの驚きの表情が描かれています。しかし増大する通行量に対応できず、改修を繰り返します。その後、神奈川に通じる平坦な道路が開け野毛の急坂は忌避されるようになったそうです。

野毛山住宅亀甲積擁壁
野毛山住宅亀甲積擁壁

横浜市認定歴史的建造物「野毛山住宅亀甲積擁壁」。これは旧平沼専蔵邸の石積擁壁で、石の表面を六角形に加工し亀の甲羅のように積み上げたものです。横浜屈指の芸術的な擁壁といえます。この辺り一帯は野毛山公園として整備されていますが、元々は生糸貿易で財を成した原善三郎や茂木惣兵衛などの屋敷跡だった場所です。

佐久間象山顕彰碑
佐久間象山顕彰碑

佐久間象山は幕末の兵学・洋学者で、開国論者です。ペリー来航の時には松代藩軍議役として横浜にいました。開国の中心となった勝海舟、坂本竜馬、吉田松陰などは佐久間象山の弟子に当たります。横浜開港の先覚者としてこの地に顕彰碑が建てられました。

パーマー像
パーマー像

野毛山公園内にある近代水道発祥の地です。近代水道は英国人パーマーの設計監督で1855年(明治18年)起工、1887年(明治20年)に給水を開始しました。水源は相模川で、約44km離れた野毛山貯水場に送水し、そこから市内の中心部に給水していました。横浜には日本初の施設や発祥の地が多いのにあらためて驚きました。

吉田橋「鉄(かね)の橋」
吉田橋「鉄(かね)の橋」

開港場への陸路の入口です。吉田新田と太田屋新田の間に架けられた長さ60間の新大橋です。居留外国人を保護するために関門を設けました。その後橋は架け替えられ、1869年(明治2年)に英国人ブラントンによってわが国初のトラス構造の「鉄(かね)の橋」として生まれ変わりました。今日はこれでゴールです。

◆2013年10月24日 鎌倉様式の仏像を訪ねる

★武家の古都、鎌倉で花開いた宋風様式の仏像を訪ねました。

北鎌倉駅からスタート。
北鎌倉駅からスタート。

午前9時、北鎌倉駅から鎌倉様式の仏像を訪ねる散策がスタートです。今日はあいにく台風27号が接近中で、午後から雨が心配です。仏様のご加護がありますように!

東慶寺入口
東慶寺入口

まず東慶寺からです。東慶寺は元々は尼寺で鎌倉尼五山の第二位に位置付けられていました。駆け込み寺として有名です。8代執権北条時宗の夫人である覚山尼が開山です。鎌倉で最も美しい仏像の一つと人気の高い水月観音を拝観しました。うっとりと池の水面に映る月を眺める姿だとか。あまりの美しさに皆さんもうっとり・・。本尊である釈迦如来坐像も拝観しました。

覚山尼の墓所
覚山尼の墓所

開山の覚山尼や5世住持で後醍醐天皇の皇女用堂尼、20世住持で豊臣秀頼の息女である天秀尼の墓所など歴代の住持の墓所があります。その他にも、西田幾太郎、和辻哲郎、鈴木大拙など著名人も東慶寺に眠ります。

次に拝観するのは円覚寺です。鎌倉五山第二位の禅寺です。8代執権北条時宗が開基で開山は無学祖元です。元寇の役で亡くなった将兵の霊を慰めるために建てられました。 宝冠釈迦如来がご本尊です。

円覚寺三門
円覚寺三門

仏殿にはご本尊である宝冠釈迦如来が安置されています。通常の釈迦如来とは異なり、宝冠と胸飾りを着けておられます。また宋風仏像の特徴の一つである法衣垂下像です。頭部が鎌倉後期、体部は江戸時代の補修になるものです。

円覚寺舎利殿
円覚寺舎利殿

この奥に舎利殿がありますが、普段はここまでしか行けないため中を見ることはできません。舎利殿は神奈川県唯一の国宝建造物で、尼五山第一位である太平寺の仏殿を移築したものです。神奈川県立歴史博物館には実物大の模型があり、花頭窓、桟唐戸や弓欄間などを間近に見ることができます。

浄智寺仏殿
浄智寺仏殿

浄智寺は鎌倉五山第4位の禅寺で、ご本尊は仏殿に安置されている三世仏です。阿弥陀如来、釈迦如来、弥勒如来がそれぞれ過去、現在、未来を表すとされています。3体とも法衣垂下像で宋風の影響を受けた仏像です。仏殿の後には南北朝時代の聖観音菩薩立像が祀られています。

布袋尊
布袋尊

境内の奥にあるやぐらには鎌倉七福神のひとつ、布袋尊が祀られています。この布袋様の体をなでると自分の体のその部分が良くなると言われています。おなかが一番人気があるようで、黒光りしていました。

建長寺扁額
建長寺扁額

正式には巨福山(こふくさん)建長興国禅寺といい、鎌倉五山第一位のお寺です。さすがに立派で威容があります。開山は蘭渓道隆、開基は5代執権北条時頼です。この扁額は後深草天皇の宸筆です。

仏殿
仏殿

建長寺の開山は蘭渓道隆、開基は5代執権北条時頼です。この仏殿は芝増上寺にあった徳川幕府2代将軍秀忠の正室崇源院(お江)の霊屋を移築したものです。ご本尊は地蔵菩薩坐像で、禅宗寺院としては珍しいそうです。現在の像は室町時代の作で、宋風の法衣垂下像です。

唐門
唐門

この唐門は仏殿同様、増上寺から移築されたそうです。漆塗りの四脚門で牡丹唐紋などに桃山風の作風が見られますがこのキンピカの迫力に参加者の皆さんは目を奪われていました。閑話ながら、けんちん汁は建長寺が発祥で、建長寺汁がなまってけんちん汁になったとか。

円応寺
円応寺

今日はあいにく雨模様で当初予定の浄光明寺の阿弥陀三尊像は拝観できませんでした。この阿弥陀像は鎌倉様式の仏像の特徴である土紋で有名なのですが、次の機会に譲ることとして、円応寺へ向かいます。円応寺は閻魔堂、十王堂とも呼ばれ、閻魔大王がご本尊です。この閻魔様はどこか笑っているようにも見え、「笑い閻魔」とも呼ばれているそうです。ユーモラスな閻魔様を拝観して今回の仏像を巡るツアーはお開きです。皆さん気をつけてお帰りください。

◆2013年6月15日 東海道五十三次間の宿 鶴見・生麦を歩く

★東海道江戸から5番目の一里塚から鶴見橋を超え、生麦事件の発生現場を歩く

 

 2013年6月15日 東海道五十三次の間の宿、鶴見・生麦を歩きました。鶴見橋関門跡や生麦の魚河岸通り、幕末の開国に大きな影響を与えた生麦事件の発生現場を歩き、往時を偲びました。その後、キリンビール生麦工場へ急行。歩いた後の生ビールは最高です!

日本橋から5番目の一里塚。毎年正月2,3日に行われる箱根駅伝の鶴見中継所が近い。東京から約20kmの場所。

1400年前、推古天皇のころに創建された鶴見神社。横浜では一番古い神社といわれる。

生麦事件の碑。ここで英国商人リチャードソンが落命した。現在この碑は道路工事のため300mほど移動されている。明治時代に鶴見神社の神主だった黒川荘三翁が、事件の風化を危惧し碑を建立したと伝わる。

乾杯!一汗かいた後のビールは最高、疲れも吹っ飛ぶ。お疲れ様でした。

生麦事件を描いた浮世絵
生麦事件を描いた浮世絵