◆6月17日 山手西洋館・公園隠れスポット探索(終了しました)

ブラフ18番館
ブラフ18番館

 梅雨入りしたにもかかわらず、今日は天候に恵まれ、街歩きに絶好の日となりました。これから横浜山手にある西洋館と公園を探索します。

 石川町の駅から坂を上り、イタリア山庭園にあるブラフ18番館を訪れました。ここは関東大震災後に建てられた外国人住宅で、平成3年までカトリック山手教会の司祭館として使用されていました。

外交官の家
外交官の家

 同じイタリア山庭園にある外交官の家は、明治政府の外交官だった内田定槌氏の邸宅でした。アメリカ人建築家のJ.M.ガーディナーの設計でアメリカンヴィクトリア様式の建物と言われ、国の重要文化財に指定されています。天然スレート葺きの屋根や下見板張りの外壁、そして上に伸びる尖がった塔屋が特徴的です。

テニス発祥記念館
テニス発祥記念館

 山手公園の中にある、テニス発祥記念館です。山手公園は日本で最初に設立された洋式公園で、1870(明治3)年に外国人居留民の手で開園されました。この公園の中には日本で最初に植樹されたヒマラヤ杉があります。薩摩藩の軍楽隊が練習したのもこの公園です。
 

記念館内に展示されるテニスラケット
記念館内に展示されるテニスラケット

 1875年にイギリスで始まったテニスは、早くも1年後の1876(明治9)年にはこの地でプレーされました。そして1878(明治11)年にはわが国最初のテニスクラブである「レディース・ローンテニス・アンド・クロッケー・クラブが外国人女性たちによって創設されました。記念館の中には当時の資料や写真、テニスラケットなどが展示されています。

本牧山妙香寺
本牧山妙香寺

 814(弘仁5)年、弘法大師の創建になりますが、その後日蓮宗に改宗し妙香寺となりました。日本の吹奏楽発祥の地であり、国歌「君が代」の由緒地でもあります。薩摩藩の軍楽生30人がこの地に起居し、イギリス軍楽長フェントンから伝習を受けたのが始まりと言われています。

エリスマン邸
エリスマン邸

 日本の建築界に大きな影響を与え「現代建築の父」と呼ばれたA.レーモンドが設計した、生糸貿易商エリスマン氏の私邸です。外観は階上は下見板張り、階下は竪羽目板張りで煙突、ベランダ、上げ下げ窓など洋館の特徴を持つ白亜の洋館です。深い軒や水平線の強調などにレーモンドの師匠であるF.L.ライトの影響が見られます。

 

ジェラール水屋敷、瓦工場跡
ジェラール水屋敷、瓦工場跡

 エリスマン邸のある元町公園の下方に位置する、フランス人A.ジェラールの瓦工場と水屋敷の跡です。ジェラールは1863(文久3)年に来日、山手の豊富な湧水を横浜港に出入りする船舶に販売するため、貯水場を作りました。また、洋館に使用するフランス瓦やレンガの製造工場をこの地に建設しました。

洋館とローズガーデン
洋館とローズガーデン

 外人墓地を過ぎて港の見える丘公園に来ました。公園のローズガーデンでは春と秋に110種1,300株のバラが咲き誇ります。展望台からの眺めは横浜随一で、横浜港やベイブリッジ、ランドマークタワーなどが一望できます。映画「コクリコ坂から」を記念してUW旗(安全な航海を祈念する旗)が掲揚されています。今日はここで解散です。